仕事としてカメラの前に立つようになり、17年目になります。
私はもともと、バレリーナに憧れていて、オペラ座に憧れたり、寺山修司に傾倒したり、顔を真っ白に塗ってパフォーマンスしたり、写真と遠い所からスタートを切りました。
写真に撮られる、カメラの前に立つという選択肢が提示されたのは、時代の流れにのったもので、私が演劇大を卒業する頃、世の中は「グラビア全盛期」でした。
小倉優子ちゃん、熊田曜子ちゃん、ほしのあきさん、インリンさん。

「グラビアなら仕事あるけど、出来る?」
という所属事務所からの問いに、当時の私は芸能の仕事だけで生活することが目標でしたので、迷い無く「出来ます」と答えました。

最初の仕事がイメージDVDでした。
大勢の人の前で裸に近い格好でくねくねしたり、走ったり、水に濡れたり。
踊ったり、歌ったり、シェイクスピアを諳んじたり、そういうことは勉強してきたけれど、シャツのボタンの色っぽい外し方なんて考えたことも無くて、言われるがまま意味もわからずぎこちなく動いた記憶があります。

私の担当をして下さったマネージャーS氏は厳しい人でした。
徹底した体調管理と、時間管理、何があっても現場までくること、人の名前を覚えること。
そういう社会人の基本を教えてくれたのもはマネでした。
給料は薄給でしたが撮影にはSマネや、他マネージャーが必ず同行してくれました。
私とって撮影現場は事務所スタッフと行く場所でした。
それから衣装の露出具合や、ポージングの過激さに関しても、同行している事務所スタッフがNGラインを決めてカメラマンに伝えてくれるものであり、私には「やりたくないです」という権利はなかったけれど、「これはダメ」を言ってくれる人がそばにいたし、もし乳首がはみ出したりしていたら、すぐに指摘してくれる人がそばにいたので、撮影を怖い物と感じたことはありませんでした。

その日、早朝にSマネから「体調が悪い、今日の現場は1人で行ってくれ」と連絡がありました。指定されたスタジオは何度か訪れたことがある場所だったし、カメラマンも1度お会いしたことがある方だったので、何の不安も持たず現場を訪れました。
当初は、スタジオスタッフさん、ヘアメイクさんがスタジオ内にいました。
スタジオスタッフさんがカメラマンに鍵を渡し、ヘアメイクさんも次の現場へと去って行きました。
カメラマンと二人きりという状況は初めてでした。
ベテランカメラマンに指示を受けながら、談笑しながら、撮影は進みます。
カメラマンからTバックのお尻を、もっと突き出してと指示があったとき、少し躊躇しました。いつもならそれがOKかNGか判断してカメラマンに声がけしてくれるSマネが今日はいない。これって大丈夫なのかな?という躊躇です。
気がついたカメラマンに「どうしたの?」と聞かれたので「大丈夫なポーズかなと思って」と答えると、カメラマンの声色が変わり「ダメだったら使わないだけだろ」と答えられました。
急に、体温が下がったような感覚を覚えました。
いま、この空間にいるのは、この人と私だけなんだということに始めて気がつきました。

その後私はおそらくずっとぎこちなかったんだと思います。

カメラマンが私に馬乗りになり撮影するとき(こういうアングルの写真は初めてでは無いし何度も経験していました)
「あのさ、撮影嫌なの?」と聞かれたので、とても不出来な状態である自覚があったので正直に
「すみません、いつもはマネージャーが側で見てくれているので、ちょっと不安で」
と答えた瞬間
「俺のことが信用できないのか!?」
と怒鳴り声が響きました。
「俺はカメラマンだぞ、何かするとでも思ってるのか!?」
急に何が起きたかも分からず、男性に馬乗りにされたまま怒鳴られていることが怖くて
「すみません、マネージャーがいないのが始めてなんです」
「すみません」
と繰り返しました。

カメラマンに
「なんでグラビアやってるの?向いてないからやめたほうがいいよ」
と言われたことまで覚えています。
そのまま撮影は終了し、スタジオから出た後、Sマネに電話しました。
「なんで今日いなかったんですか」ばかり繰り返しました。
「インフルエンザだった」
「悪いと思ってる」
「だれも同行できないことは今後もある」
「うまく対処するのも仕事」
「悪いと思ってる」
私は電話の途中からはずっと泣いていて、狼狽したSマネの声を今でも覚えています。

さて、これは、事務所を通した商業撮影での話です。
私とカメラマンが、どこで何時から何時まで撮影しているか、事務所が把握している状況での話です。つまり私はこれでもまだ「守られている」中にいるということです。

みなさん。
「撮影」という名前がついた特殊な時間と空間にいることを、忘れないで下さい。
他人同士の男女が、近距離で数時間すごす状況は、日常において「普通」ではありません。

上記の状況でカメラマンは何に怒ったか
「モデルがプロカメラマンである自分を信用せず、下心をもっているのではないかと疑った」
ということでした。
私は「この人に何かされるのでは」と考えたわけではありませんでした。
ただ、一軒家ハウススタジオに異性と二人きりで、自分はランジェリー姿で異性に馬乗りにされている、という状況を把握したとき、とても怖くなってしまったのです。
それは生理的な恐怖でした。

撮影は互いにとって仕事であり、互いに信用し作業を進めていくことが必要だったことは理解しているし、あのときうまく表現が出来なくなってしまった自分の落ち度が招いたことだと思っています。
ただ、私の感じた恐怖は、相手への悪意や偏見からでは無く、ただ訪れた恐怖でした。そしておそらく「普通」の恐怖であったと10年以上経って思います。

いま、フリーランスのモデルが増え、撮影会や、個人撮影も多く行われています。

「信頼関係」「共同作業」「相互理解」
どれも大切です。
ただ、その言葉たちで覆い隠してはいけないこと。
それは撮影は特殊な時間と空間のなかにあり、あくまで他人同士が向き合っているということです

他人ですので、目指している方向が同じでも、考えていることがずれることは多々あります。
不快に感じることもそれぞれ違います。
話せば理解し合えるとか、同じ作品というゴール目指していたら自然にすり合うなどは思考を放棄した理想論です。

撮影は他人同士が一つものを造る困難さに取り組んでいる、ということをお腹にたたき込んでおいたほうがいい。
相手に甘えず、油断せず、思いやりをもって、自分を守る。

カメラマン(男性)、モデル(女性)という話ではありません。
私が書いたのは私の体験した状況なのでこうなりましたが、男性カメラマンがセクハラ疑惑で女性モデルから攻撃を受けていたり、社会的においつめられていたりする話も多々あります。
このフリーな状況だからこそ誰もが自分をもっと守らないといけない

撮影会や個人撮影は危ういグレーゾーンの中にあるのが現状です。
多くの改善案についていつも考えます。
その中で最も大切だと思ったのは、理想論の前に他人と作業している自覚を持ち、互いに自衛するということでした。

自分を大切に出来ない限り他人を大切にすることは出来ない。
自己犠牲は自己満足であって作品のクオリティをあげるわけではない。

私はそう信じています。

今日もお読み頂きありがとうございました!